4/24 「日本口承文芸学会第47回研究例会」の報告
行ってまいりました。
まず会場の入り口で、2次会の申し込みの記帳があり、場所を見るとやはり朝花でした。(笑)
すでにaquiraさんが一番前にいらっしゃり、私もとなりに座り見回すと、森田先生、聖子さんは紬を着ていらっしゃいました。
ギャオスさんは一番後ろ(島唄が始まると最前列に移動)で例によってカメラマンモードでした。
朝花節がカサンとヒギャの違いを説明しながら唄われ、研究発表へとうつりました。
研究内容はどなたも島唄を文化面からとらえたものが中心で、興味深いものでした。
末岡さんの調査項目に、サンシン教室の習い初めの年の一覧がありました。それを見ると、奄美での人数は比較的一定なのですが、奄美以外の新たな習い手が、1999年まではいないに等しかったのが、2000〜2001年でいきなり増えて、2002〜2004年はさらに増えているということです。
参考にちとせさんのメジャーデビューが2002年2月、奄美の日本復帰50周年が2003年12月と書いてありましたが、相関関係は非常に強いと感じました。
もちろんそれだけではないと思いますが、少なくとも、私を含め37.6メンバーの何名かは、ちとせさんから奄美、島唄を知ったわけですね。
会場には学生さんと見られる若い方が結構いらっしゃっていました。
2次会に来てくださるかな?とちょっと期待していると、キョラネッセ(美男)キョラムン(美女)が何名か来てくれました。
2次会では、例会にひきつづき森田先生聖子さんの島唄を聴かせていただきました。
そうそう、しばらく森田先生がいらっしゃらなかったので、聖子さんのサンシンを弾きながらの唄が聴けましたよ。私はサンシンも上手だと思いましたが、ご本人は、「最初で最後です」と謙遜されていました。
いつのまにか朝花の一画で、aquiraさんを中心として素人うたあしぃび?が始まり、徳之島出身の学生さんがかなり唄えてサンシンもひけることにびっくり。
学生さん達、また朝花やオフ会にも是非。
先生方も唄ったり、非常に楽しい2次会となりました。
私は朝花で、混んでいたので勝手に立って飲んでいると、カウンターの中で飲んでくださいと言われてカウンターの中へ。でもカウンターの中にいるとやはりお客さんからいろいろ頼まれるわけでして、お手伝いデビューさせていただきました。
幸いごく簡単なことだけだったのでなんとかなりました。どんくさい私は、朝花以外ではこんな体験をすることはできないので、ありがたいです。
